あれとか、これとか、物語とか

smdhktが考えたこといろいろ

そのときスマホの向こうに見ていたものは - 『72時間ホンネテレビ』

都合4日間、なんだかんだスマホにかじりついてました。

こんなことは本当に久しぶりの体験だった気がする。

 

hiko1985.hatenablog.com

 

感想として書きたかったことの8割は上記のリンクに書いてあってありがたい限り。ここには残りの2割についてだけ書いてみようと思います。

 

そこには私たちと同じ時間があった

放送から一夜明けて、ネット上では「7400万視聴」というAbema内記録の価値の有無についての議論がカマビスシーですね。その「7400万」という数字はあくまで累積で、そのまま実際の視聴者数を表すものではないことはそもそも明らかだったのですが、それだけを根拠に「結局テレビの視聴率で言えば深夜放送程度」などと批判めいたことを語るのは早計…というか、単純に「あ、この人は内容見てなかったんだな」と言わざるを得ません。みんな自分が見ていないコンテンツを結果だけ見て論じるのが大好きですね。お疲れさまです。

 

『72時間ホンネテレビ』が成しとげたことは、上記の累積視聴数のように比較的派手に見えるものから一見地味なものまでいろいろあったと思います。しかしまず何としても、「番組枠が72時間」という点が最大の特徴でありチャレンジ。その長さたるや、日テレの24時間テレビやフジの27時間テレビの約3倍(!)。そしてその超・長時間設定から生じた独特の時間感覚が、この番組に多くのマジックをもたらしていました。

 

超・長時間放送が生んだマジックタイム

かくいう私も連続的に72時間見続けたわけではなく(当たり前です。死ぬ)、述べ4日の間にスマホを片手に出たり入ったりを繰り返していたのですが、番組では、例えば話題になった「森くんとの再会」という1コーナー、これだけになんと6時間を割いていました。さすがにそれだけ長いと、一度アプリを閉じた後に別の用事を片付けて戻ってきても、まだ放送ではメンバーが森くんと語り合っている…という状況が生まれる。これはコンテンツの密度が過密になる傾向がある地上波の番組では絶対にあり得ない時間感覚でした。

 

「久しぶりの友達に会って長話をしている感じ」。これを自分のこととして振り返れば、5〜6時間など普通に経過してしまうものだと思います。そこにはダラついて間延びする時間もあれば、言葉少なにそれぞれが思い出に耽けるような瞬間も当然あります。『72時間ホンネテレビ』では、その超・長時間設定から副産物的に「友人と過ごす時間」の実感覚が放送上に再現されているかのようでした。そしてその時間は実際に、ファンにとっての「元SMAPとの再会の時間」でもあったのです。

 

このように、同じ放送を通して二つの「再会の時間」が重ねられ、そしてさらに、日々の雑事をこなす「我々の時間」と、スマホの向こうの「彼らの時間」が同じリズムで進んでいく。それらの要素から生まれたのは、少なくとも従来のテレビ番組からは感じられなかった不思議な共有感覚でした。だから、数分程度しかこの番組を見なかった人たちがそのことに気づかなかったとしても無理はない。無理はないんだけど、、残念でしたね!

 

そこには「人間」の「物語」があった

 

長く連れ添った「仲間」との後味の悪い別離。生きる場を奪われた人間が違う場所でやり直すこと。思い出の中に消えかけていた旧友との再会。40代を越えた大人たちが新しい道を歩いていくこと。

 

この番組の背骨になっていたのは、元SMAPたちのそうした断片的な物語の感触だったと思います。こうして主語を外して書き連ねてみればわかる通り、それらのひとつひとつは私たち一般人でも多かれ少なかれ確実に経験するような、「よくある人生の1ページ」でしかありません。当時、「SMAP解散」が国民的悲劇として連日ワイドショーなどで報じられていた時には、それらは多くの人にとって「どこか手の届かない雲の上で起きているお家騒動」でしかなかったはず。しかしこうした出来事の「その先の物語」が、前述の「独特の時間共有感覚」や、新興webメディアによる番組進行のいい意味での「粗さ」にリアリティを強化されて、いつもまにかそうした文脈が「自分たちのすぐそばにある物語」に変換され、共有されていく感覚がありました。

 

同じような「物語の共有」は、例えば「金スマ」のような完全フルパッケージスタイルで伝えることだってあるいはできたでしょう。しかし、その方法では報道と同じく、「どこか遠くの物語」として消化されてしまったのではないでしょうか。むしろこの番組では、パッケージ化しきれずに漏れ出した細部にこそ、この物語の手触りを多く感じることができました。

 

例えばそれは、いきなりSNS拡散しまくることを命じられて、おじいちゃん並みにネットに疎い3人が不慣れなスマホを握りしめて悪戦苦闘している姿に。

これまでではあり得ないような新宿や原宿の人混みに放り出されて「新宿なんて歩いたことない」と怯える香取慎吾の表情に。

移動のバスの中もずっとカメラに追われるような異常に長い放送時間の中ずっと衆目に晒され続けた結果、不安や油断がつい表情と言動に出てしまった瞬間に。

「森くんとの思い出は別にない」と対談ではクールに語りながら、最後に流れた森からのメッセージに溢れるように落涙してしまう稲垣吾郎の感情に。

 

テレビは嘘がつけない。だから怖い。そう喝破したのは確か"欽ちゃん"こと萩本欽一で、それを極めて自覚的に自らの芸風に直結させ、テレビの寵児となって行ったのがタモリだったことは、(私のような一部のスキモノの間では)よく知られる事実です。

 

上記のような「漏れ出してしまう本当の瞬間」を、メディア特性として武器にしてきたのが黄金期までの地上波テレビ番組でした。しかしいつのまにか、様々な規制や制約によってそれができなくなってしまっている。その意味で、『72時間ホンネテレビ』は「テレビにはできないことをやった」のではなく、「テレビがかつてできていたこと」をネットでもう一度取り戻しただけ、とも言えるでしょう。しかし、その「だけ」が本当に遠かった。地上波のテレビは未だにその頃の幻影を追い求めては、失敗を繰り返しています。

 

巨大化し既得権益化したテレビ業界は、肥大した組織がすべてそうであるように、「人間の本当の姿」という厄介なものを、あらゆる技術を駆使して抑え込む方向に進もうとしています(もちろんそれに抵抗している優れた番組も多くあり、全てが形骸化しているとは全く思いませんが)。フジの「まあまあ成功」とされた今年の27時間テレビが、非常にパッケージ色が強くなったこともその好例。それも進化のひとつだとは思いますが、それは「テレビの強み」とは別の話であると言わざるを得ません。

 

そこにいた人たちには理由があった

超・長時間放送枠による独特の共有感覚。

そこにいるスターたちが垣間見せる人間の物語。

 

この二つに加え、この番組の「風合い」を形作ったもうひとつのファクターがありました。メインの3人以外の登場人物たちの顔ぶれです。

 

まず、もっとも大きな違いとして、この番組には吉本興業の芸人が一切出演していませんでした。テレビに詳しくない人にとってはなんのこっちゃいな話かもしれませんが、これはかなり画期的なことです。企画的には地上波バラエティ番組とほぼ変わらない内容であったにも関わらず、オープニングの藤田社長の大豪邸でのパーティーシーンで中核をになったのは爆笑問題(タイタン所属)、脇を固めたのはメイプル超合金サンミュージック所属)。ビデオで応援メッセージを寄せた笑福亭鶴瓶松竹芸能所属)、中盤の山場だった「大御所対談」に登場した堺正章田辺エージェンシー傘下の個人事務所・エスダッシュ所属)。そして二日目の朝の「大運動会」を取り仕切ったのは、司会を勤めた飯尾和樹を筆頭に、ほぼ全て浅井企画所属のメンバーでした(活躍していた永野は浅井企画ではなくグレープカンパニー所属)。その後の時間帯でも、キャイ〜ン関根勤など、浅井企画のベテラン・中堅による進行のサポートが続きました。

 

「テレビの今」に極めて意識的であったとも言えるこの放送の屋台骨を支えたのが浅井企画という事務所で、その浅井企画が"もっともテレビを知る男"萩本欽一を擁する芸能プロダクションだったことは、ただの奇妙な偶然でしょうか。私にはそうは思えません。

 

決して「吉本芸人が出ていなかったからよかった」と言いたいわけではありません。吉本興業がお笑いというカテゴリーにあって最大最強の事務所であるとの評価には異存の余地はありません。しかし、この『72時間ホンネテレビ』で吉本勢抜きの「よくある運動会企画」を見たことで、いかに普段のテレビ番組が「吉本的リズム感」一色に塗りつぶされているかについて、逆説的に気付かされる形になりました。

 

「吉本的リズム」は、その卓越したスキルで隙間という隙間を埋めて笑いに変えていきます。これは完全に昨今のテレビ番組制作事情に照準を合わせた特殊スキルです。彼らは現在のテレビ番組の「事情」を「ゲームのルール」として、その中で最大限の笑いを生んでいく。しかし逆に言えば、彼らのそうした異能はときに現状追認意識を強化してしまう。それは「テレビが不自由になっている」という現状に対しての過剰適応であり、ある困難に対しての適応能力が高すぎることは、ときに抜本的な進化を阻害する要因にもなりえます。異常発達してしまった彼らの能力は、常にそうした危うさと隣り合わせなのです。

 

一方、この番組で浅井企画の芸人を中心として進行した「大運動会」が、吉本勢が参加した場合のクオリティを越えていたかと言えば別にそんなことはありません。しかし、そこには歪さや不揃いさとともに、カンコンキンシアター仕込みの「別の流派」の味わいがあり、そのこと自体に新鮮さが感じられました。吉本という「洗練されきったファミレス」での食事「だけ」になっていた中で、いきなり握りたてのおにぎりを食べさせられたようなものです。大手事務所によるコンテンツの寡占によって、私たちはいつのまにか「お笑い」という名の日々の食事の選択肢すら奪われていたのかもしれません。

 

「出る側」を選んだ人々がいた

お笑い勢だけではありません。その他の主要ゲストたちも、調べれば事実上の個人事務所か、縛りが大手ほどキツくない中規模以下の事務所、あるいは大手の中にいても「こいつは別枠」とされているような独立独歩の芸能人(笑福亭鶴瓶山田孝之がこれに当たるかも)たちでした。つまり彼らは、この番組に「出たくて出た」人びとだったわけです。

 

バラエティ番組としての側面を語る都合上、先に「吉本閥」を引き合いに出しましたが、そもそもこの番組自体が「ジャニーズ」という超巨大アイドルプロダクションに反旗を翻した3人(とマネージャーの飯島氏)を中心にすえた、現在の芸能界にあっては例外的にチャレンジングな背景を持つものであったことは周知の通り。そのため、この番組に「出るか / 出ないか」の選択は、個々のタレントとしての今後の立ち位置を制限するとは言えないまでも、「私はこちら側に立っています」という意思表明になってしまうことは否めません。

 

「出る側である」という旗を立てた人間と、立てなかった人間。彼らの所属するそれぞれの事務所の勢力の大小・その陣地。期せずして(いやむしろとても意図的に)、この番組自体が芸能界の「新しい地図」になっているという構造。

 

日本の芸能界は、タレントたちが個人として意思表明することを極端に嫌うことで知られます。タレントはただの「容れ物」であればよく、その時代ごとに都合のいいアイデンディティを入れ替えられた方が商売として都合がいいと考えられているからでしょう。しかし、その中にあって、彼らはこの番組に「出た」。それはそのゲストたちとメイン3名のこれまでの人間関係からだったかもしれないし(大河ドラマ新撰組!」の出演者が多かったことは印象的でした)、それぞれのタレント本人の個人としてのポリシーによるものかもしれません。彼らの本意がどちらであれ、またその他の意図であったのであれ、彼らは「出た側の人間」になることを厭わなかったわけです。

 

大手事務所やスポンサーの好む「アイデンティティが空っぽの人間」は、空っぽであるが故に「物語を持たない」。あらゆる事情に雁字搦めになっている今のテレビ業界・芸能界から生まれるものがどこか無味乾燥だとしたら、それは彼ら個人の「物語のなさ」に原因の一端があるのではないでしょうか。

 

新しい窓の向こうに物語があったから

私はテレビっ子です。ウンナンダウンタウン時代に幼少期を過ごしたものの多くがそうであったように、テレビにかじりついて青春期を過ごしてきました。「テレビっ子」という呼称にすら、どこか誇らしさを感じるほどです。どうかと思いますけど。

 

しかしそんなテレビっ子である自分が、今テレビにかじりついているかと言われれば全くそんなことはなくなりました。ご多聞にもれず、スマホという別のものをかじる時間が増えています。かといってテレビに未練がないわけではなく、相変わらず面白いテレビやラジオの書き起こしサイトをネットで巡回しては、その情報の代用としている始末(それもほんとにどうかと思いますが)。

 

そのことをもって、一時期は自分自身、大人になっていつのまにか「面白いテレビ番組」への興味が薄れたのだろうと思っていました。なんだかそのほうが人間的な成長を果たしたようでもあるし、と。しかしそうではなかったのです。私はどうやら、「テレビというコンテンツ」を見限ったのではなく、「テレビというデバイス」を見限っていたのです。

 

今の子供たちの多くが、テレビタレントよりもYoutuberに親近感を感じているように、ここまで語ってきたような「人間を映す機能」とか「時間共有装置」の中心地はもうとっくにネットに移ってのかもしれないし、ただそちらに新しい魅力を見つければよかったのかもしれません。しかし私自身がYoutuberのコンテンツに興味を移すことは今のところなく、多分これからもなさそうです。しかし、スマホでそうした「テレビの機能」が見れるならいくらでも見てしまいそうです。もし、スマホという新しい別の窓に、私たちがかつてテレビという窓から見ていた「人間の本当の姿」が見られるなら。

 

「テレビではない何か」ではなく、「もっとテレビらしい何か」へ

この番組の「一見地味な新しさ」はそれ以外にも多々ありました。例えば、「スマホで見るテレビであったこと」と同時に、「番組の内容がtwitter/instagram/youtube拡散される」というシームレスさ。全てがスマホで見れてしまうが故に、放送から離れてよそ見する全てにこの番組の痕跡があって、結局その近辺を巡回してしまうという蟻地獄。そして、最終日のエンディング直前に「裏かぶり」していた草彅剛と香取慎吾のラジオ番組での、AbemaとBay-FMの垣根を超えた同時中継など(ラジオ側のMCは有村昆が担当)。それぞれが超画期的!というほどのことではないものの、それらがさらりと、かつ大規模に実行されていくことのワクワク感が終盤のヘブンリーな多幸感に繋がっていたことは間違いないと思います。

 

そして何よりそれを中心でこなしていく3人から「自由を楽しむ空気」が漏れてしまっていること。それが最大限、画面に映ってしまっていた。なぜなら、それを映してしまうのが「テレビ」だから。

 

この番組の一応の成功をうけて、やれ「テレビは終わった」とか「新しいメディアだ」とか、そうした話題が各所で盛り上がっているようです。でも、はっきりいってそんなことはどうでもいい。私はどんなメディアを通してだって結局、「人間」の、「物語」が見たい。今回の『72時間ホンネテレビ』にはそれがあったから見てしまった、ただそれだけ。webテレビがこれからもそれを映す窓になるならそれを見るだろうし、そうでないならまた別のメディアの向こうに「人間」と「物語」の姿を探していくことになるでしょう。

 

テレビというデバイスが死んだとしても「テレビという恐ろしい機能」は死なない。「テレビという恐ろしい機能」はそんなに生易しいものではありません。それは放送というテクノロジーによって生まれた、人類にとっての逃れられない呪いのようなものなんじゃないかと。

 

今回その呪いに身を晒したのは、香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎という人々でした。世界中の古い寓話にあるように、呪いに一度身を晒した人間は別の何かに生まれ変わります。時代が、デバイスが、人が変わり、「新しい地図」を描いていく。しかしそれでも、テレビの呪いは形を変えて、これからも彼らと私たちを惑わせ、魅了していくでしょう。

 

テレビは恐ろしい。

本当にそう思います。

72時間私が手放せなかったそれは、間違いなく「テレビ」だったのです。

 

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以上、書いてみたらメディア論っぽい感じでなんとなくまとまったのでここで筆を置きます。その他、ドナルド・トランプ本人の来日にタイミングを合わせての香取慎吾のパロディとその街頭での反応についてや、最後のライブ後に行われたという握手会でもファンやメンバーたちのやりとりについてなども書きたいところだけど、もう7000字を超えたのでやめておきます。これで2割ってマジか。いや嘘です。だいぶ書きました。勘弁してください。

 

 

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