あれとか、これとか、物語とか

smdhktが考えたこといろいろ

【音楽】女たちのエクソダス - 加藤ミリヤ feat.ECD『新約ディアロンリーガール』

サグめのラップばかり聞き慣れた耳には

加藤ミリヤって歌上手いんだな」という今更なことが

妙に新鮮に受け止められたりする。

 

youtu.be

 

後半の短いバースに聞こえるECDの声。

声は聞こえどその風景の中にECDは見えない。

癌で闘病中の日本語ラップの始祖の一人。

それが父娘ほども年の離れたフィメールシンガーの名前を二度コールして、

彼のバースが始まる。

 

MVを撮ったのは若干21歳の新鋭作家、Spikey John。

「超wavyでごめんね」のビデオで鮮烈にデビューした彼。

世代を超えたマイクリレーが、ECDからミリヤへ、

ミリヤからさらに下の世代へと受け継がれていく。

 

その背景は渋谷、渋谷、渋谷。

 

'90s、ECDが独立独歩で戦った街。

'00s、ミリヤが女たちの孤独を歌った街。

'10s、そしてその先へと、

ネクストカマーたちがその夜に新しい意味を上書きし続ける街。

 

原曲で参加していたK-DUB SHINEが本作のリリースに当たって

自分へ参加の打診がなかったことをtwitterで批判している。

原曲におけるK-DUBの功績を思えばそれも無理はないが、

本作の狙いはそうした「復刻」にあるわけではない。

 

今この時代にフィメールシンガーであるミリヤが

この曲を「新約」と称する意味。

そこに今の時代だからこその

「女たちのエグゾダス」の意味を込めていることは言うまでもない。 

 

冒頭、中盤、最後でラップされるたくさんの女性名。

架空の「わたしたちだったかもしれない誰か」を示すフロウの中で、

わずかに2名、明らかに特定の固有名がラップされる。

ECDの実娘二人の名前だ。

 

ただ渋谷の街中で女たちの受難を客観的にラップした当時と、

ECDが「番い、娘を持つ」という人生の物語に足を踏み入れ、

主体的に「女の人生」と関わった今では、

彼がこの曲の中でラップする意味は何重にもその重みを増し、更新されている。 

 

「女たちのエグゾダス」は、そうやって円環状に私たち男にも接続される。

そして奇しくも、女たちの「男親」になったECDに残された時間は短い。

ミリヤが本作をこのタイミングで「新約」と称しリリースした理由が

そのことと全く無関係とは思えない。

(でなければわざわざ実娘たちの名前をタグするような必要がどこにある?)

 

孤独しかない街にECDの声がこだまする。

マジな話早く立ち上がれとミリヤが言う。

そして今もその街に立ち尽くす女たちのシルエットがある。

その一歩めが踏み出されるのはいつになるだろう。

道行く先はどこへ続いていくのだろう。

 

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わたしたちは毀損されながら - そして今の10代は何を思うか(というただの想像)

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残念ながらこちらのカトルドさんの話ではなく、本家さんの方のお話です。

 

72時間テレビでのパロディのほう見てる間に本家さんのほうが来日され、パロディのヒドさを軽々と飛び超えたバッドガイぶりを見せつけてくれたようです。
あ、鯉のエサの件がフェイクだったことは知ってますよ念のため。

 

俺の兵器買うよな?な!?

 

共同会見中に堂々と兵器のセールストーク、「Youらは2番な。Weが1番」という、きょうびジャイアンも言わなそうなメッセージ。天皇との謁見に際しジャケットの前ボタン開けっぱなしで握手を求めてしまう儀礼を失した態度などなど、そのほかにも多々(ちなみに安部首相もメラニア夫人をイヴァンカ夫人と呼び間違えるなどして余裕の応戦を見せた模様)。

 

しかしそれにつけても、ここまで同盟国のトップにストレートにマウントを取られて、それでもハイハイニコニコと従者のようについて回る態度とはどうしたものなのでしょう。

 

さすがにこれはネトウヨさんもそれなりに不満だろうと思ってのぞいてみたら、

 

「厚い信頼関係!頼もしい!」

「兵器買いましょう!なんなら核兵器も!」「この調子で北を滅ぼしましょう!」

 

みたいな感じで、むしろ好調でした。

例の自称宮家の末裔、竹田恒泰とかもまんまそんな感じです。武器買えるのが嬉しくて大はしゃぎ。絶好調だね。

 

そんな昨今、巷の若者は自民支持が多いと言われています。まあ自民時代しか知らなくて、いまだに野党は(まとめサイトとミヤネ屋では)どーしょもない悪役とされていて、安倍自民時代で前よりはマシになってると(まとめサイトとミヤネ屋では)言われてるし…と来ると、そんな感じなのもわからなくはない。

 

でも、この露骨なDoggy Style外交はどう見えるんだろう?と素直に気になる。

シンプルに、「うちの首相……ダッサ😭」てならないのかな。それとも、すでに「ゴマすってプライド捨てても実を取るのが大人」みたいな価値観が心の底から染みついているのだろうか。

 

実際、一部ではトランプ氏の以下のような発言を

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「大成功!まるでBLのような安倍さんのラブラブ外交手腕!」

みたいな評価が飛び交っています。

うんまあfriendshipとか書いてあるけどさ。。そのほかも読もうぜ、て思うんだけど。

 

そんな中にあって、いまの10代、それも選挙権のある18歳ぐらいの人々は安倍首相率いる自民党支持がメジャーだと聞きます。そこには一体どんなメンタリティが働いているんだろう。もうティーンエイジャーの気持ちを代弁できるとは逆立ちしても言えない年齢になったからこそ、そんなことをふと考えてしまう。

 

「今の10代」と呼ばれる人が生きてきた日々を。 

 

彼らが生まれたのは1999年。

バブル崩壊の余波。しだいに暗くなっていった世紀末の時代。

2001年にはNY同時多発テロ

その後のイラク戦争。世相に光はなかなか見えない。景気の悪化。

旧民主党が政権を取っていた2011年の震災時には12歳。きっと親世代から民主党議員の悪評をたくさん聴いたことでしょう(俺だってその頃は菅さんや枝野さんのことを悪く言ってたよ、たしか)。

ネットに触れるようになるのもこの頃だろうか。そしてまさにその時期から自称保守の人々のネットでのデマゴーグ作戦が水面下で盛り上がりを見せた時期。ニコ動全盛期でもある。ボカロとヘイトの時代。

2012年暮れ、第二次安倍政権発足。

翌年以降、「アベノミクスによって景気は上向いた」といたるところで喧伝される。親御さんの勤め先の株価も持ち直したかもしれない。

2014年、秘密保護法施行。15歳の彼らは受験でそれどころじゃない。

2015年、ISILによる日本人人質殺害。

その時彼らは多感な思春期、16歳。

きっと例の胸糞の悪いISILによる動画を、YouTubeやらニコ動やらで探して、友達同士で見せ合ったりしたことでしょう。その時クラスの中はどんな雰囲気だったろうか。最近話題になった自毛申告書みたいな校則は彼らの学校にもあっただろうか。そうした理不尽を「やりすごす」彼らの目には、後藤さんや湯川さんの姿はどんなふうに見えたでしょう。

 

そして2017年、いま。

冒頭にあげたようなトランプ大統領のデイリー狼藉っぷりは様々に報じられていますが、いまやNHKすら「鉄板焼きを召し上がりました!」などの報道に終始する始末。狼藉動画が彼らの元まで届いているかはなんとも言えない。進学して親元を離れ、情報源がスマホだけだとしたら、そんな動画でギガ減らしたくないよな。

 

となれば、巡回してるまとめサイトをまず見て漠然とした印象を掴んで、よっぽど気になれば詳細を探す、とかそんな感じかもしれない(いや、そうしているのは果たして若者だけと言えるだろうか)。安倍さんがバンカーで転がったのはネタになりやすいから知ってるかもしれないね。あの間抜けな映像は親しみやすさの一部として受け取やれるだろうか。どうだろう。

 

圧倒的強者に阿る生き方。

そうすることが「大人になること」と評価される、そんな風潮。

政党の支持不支持は、もちろん個人の自由です。今知らなくても、知らないことは後で学んだまた考えればいい。

 

しかし、「あれが大人のあるべき姿」と無意識に前提化してしまうヤングが増えないことを願います。君はもっと誇りを持ち、自分という個人を大切にして生きていい。本来、他者との信頼関係というものはそうした足場からしか生まれないはずなのだけど、どうにもこの国には「阿るか」「蔑むか」この二択でものを考える人が多いような気がする。

 

人が人を対等な他者として見ることは難しい、というあるある

 

振り返れば自分にも、「阿るか」「蔑むか」でしか他者と付き合えなかった頃がありました。それこそ10代の、まだ何もわかっていなかったころ。その時なぜそうしかできなかったのか今ならわかります。あの時の自分は、自分になにも自信が持てなかった。みんなが自分よりマトモに見えたし、そうでないやつはそんな自分よりも下の、取るに足らないやつだと思っていた。恥ずかしい話。

 

いまはなんだか、世の中全体がそうした「自己評価の低さ」を内面化したまま大きくなってしまっているように思えます。国のトップの生き様がまさにそれを体現してしまっている。そしてそれを、みんながこぞって「大人になるって、そういうことだ」と自分に言い聞かせているような。

 

違うよ、大人になるってことは。

friendshipも信頼も、そういうことじゃない。

 

「じゃーさ、大人になることは金になるの?」そんな声が聞こえる気がする。

そーだなあ、ならないかもなあ。でも。

 

この「でも」の先に続く言葉を、何よりも強く響く言葉を、私はずっと獲得したいと思っている。本当の意味で「大人になること」を、世界全体が放棄し嘲笑うような、そんな時代ではあるけれど。

 

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【演劇】柳生企画『ひたむきな星屑』

風景の見える演劇

 

「演劇には風景がない」

そう思っていた時期が私にもありました。

 

無隣館2期卒、現青年団演出部の柳生二千翔による作・演出の本作。批評家の佐々木敦氏が三鷹に作ったSCOOLというスペースで観劇しました。

 

scool.jp

 

冒頭に書いた通り、本作は「風景の見える演劇」でした。

 

かつて私が学生だった頃、「物語のあるものを作りたい」と思い立ち、自分がぼんやりと進もうとしている道の向こうに「演劇か映画(映像)か」という分かれ道がありました。結果として私は、映画ではないものの映像の世界に進んだわけですが、その時演劇を選ばなかった理由としていたのは「風景を使ってものを語ることができないから」というものでした。

 

映像には「風景カット」というものがあり、ただヒット作としてだけではなく映像芸術としても評価され続ける名作映画の中には、それぞれに非常に印象的な「風景カット」が存在します。かつて(今もかもしれませんが)、街に立っていても、その風景のある瞬間を目にしてあれこれと想像を巡らせることの多かった自分は、風景そのものを使って物語の一部とするような何かが作りたかったのだと思います。

 

しかし実際のところ、演劇にも「風景」はある。

それに気づいたのは、その後に多くの観劇体験を経てからのことです。

 

ある種の優れた演劇は、観る側の脳内に、時には現実よりも鮮明な風景を呼び起こすことがあります。それは目で見る風景ではなく、脳の中に閃光のように焼き付けられる、架空の、しかしどこか記憶の一部だったかのような風景です。

 

「ひたむきな星屑」は、高速道路が通ったことで様変わりを遂げたある地方都市を舞台に、しがらみを抱えつつそこに帰ってきた女と、不安と孤独を抱えつつそこを出て行くことになる女、という二人が、今その街の基幹産業となった「高速道路沿いの大規模サービスエリア」という場所のアルバイト店員としてひと時を過ごし、すれ違う物語です。

 

左右に店舗の並ぶ一般道ではなく、高速道路沿いの街を舞台にした物語を「ロードサイドもの」と言ってしまっていいかはわかりませんが、本作には確かにロードサイドものと呼びたくなるような風合いに満ちていました。孤独、諦め、わずかな焦燥、男と女、夜のコンクリートを冷たく照らすライト。それらは極めて現代的(モダン)な問題提起で、演出のトーンも合間ってどこか'80~'90年代的な退廃のニュアンスも感じさせます。

 

SCOOLの空間には、天井部分に赤いイルミネーションライトが設置されていました。その赤い小さなランプたちの明滅が示すものは、夜の星空などではなくサービスエリアの店頭から見える渋滞のブレーキランプであることが終盤で暗示されます。綺麗ではあるかもしれないが、どこか息の苦しくなるような圧迫感のある赤い光。そして蛍光灯の白、誘導灯の赤と青。そこに重なる車の轟音。時に雨音。舞台上で実際に垂らされわずかに聞こえる水滴の音。

 

優れた演劇は、そうした空間美術、俳優の所作、音、など様々なパーツを駆使して、一度因数分解された「風景」を観客の脳内で視覚的に再構成してくれます。その再構成の際に必要となるコードが「戯曲」であり、戯曲の中の「言葉」なのかもしれません。

 

リアリティのある会話と各キャラクターの独白を無理なく行き来する本作の戯曲のリズムは、序盤こそ若干集中力を要求されたものの、中盤以降では無理なく意識下にその旋律を滑り込んできてくれました。時に天井に瞬く「ブレーキランプの星空」を見上げながら、私の中には冷たく孤独なロードサイドの景色が刷り込まれていきます。

 

脳内に組み上がった架空の景色は、現実よりも情報の濃淡が不均一なために、受け取ったその瞬間から儚く移ろうものとして脳裏に残り、目の前の現実としてよりもむしろ遠い記憶の中の体験に近い手触りを持ってその場を漂い続けます。優れた芸術に共通する要素を機能面から語るとすれば、人間の意識に裏口から直接接触するような、そうした影響の残し方がそれに当たるのかもしれません。

 

ロードサイド・夜・アスファルト・赤いライト。

そして断片的に脳内に浮かび上がる記憶のような「風景」。

それらはどこか、日本ではない、どこか他の国の風景のようでもありました。

 

その閉塞感は、最後静かで冷ややかな手触りのある「解放」に向かいます。

「雪の積もった日、閉鎖された高速道路を歩いて街を出ていく」というシークエンス。

現実と非現実の狭間のようなその情景は、実際に雪道を歩くときの身体の熱の記憶と合間って、ただ冷ややかな退廃を示しただけでは終われない'10年代の物語として終焉を迎えます。

 

抑制され、かつ雄弁な、そして間違いなく「今の物語」だったと思います。

自分の住む街、住む時間をこんな風に振り返ったらどんな風に見えるだろうかと、本作の余韻を楽しみながらしばし空想に耽っていたいと思います。

 

 

(物語の内容とは全く違うけど、心に映った風景はこんな感じで。)

https://d2v9y0dukr6mq2.cloudfront.net/video/thumbnail/B-wmtY8xinajljp5/a-roadside-diner-at-night_hwmds7hnl__F0000.png

 

 

 

 

そのときスマホの向こうに見ていたものは - 『72時間ホンネテレビ』

都合4日間、なんだかんだスマホにかじりついてました。

こんなことは本当に久しぶりの体験だった気がする。

 

hiko1985.hatenablog.com

 

感想として書きたかったことの8割は上記のリンクに書いてあってありがたい限り。ここには残りの2割についてだけ書いてみようと思います。

 

そこには私たちと同じ時間があった

放送から一夜明けて、ネット上では「7400万視聴」というAbema内記録の価値の有無についての議論がカマビスシーですね。その「7400万」という数字はあくまで累積で、そのまま実際の視聴者数を表すものではないことはそもそも明らかだったのですが、それだけを根拠に「結局テレビの視聴率で言えば深夜放送程度」などと批判めいたことを語るのは早計…というか、単純に「あ、この人は内容見てなかったんだな」と言わざるを得ません。みんな自分が見ていないコンテンツを結果だけ見て論じるのが大好きですね。お疲れさまです。

 

『72時間ホンネテレビ』が成しとげたことは、上記の累積視聴数のように比較的派手に見えるものから一見地味なものまでいろいろあったと思います。しかしまず何としても、「番組枠が72時間」という点が最大の特徴でありチャレンジ。その長さたるや、日テレの24時間テレビやフジの27時間テレビの約3倍(!)。そしてその超・長時間設定から生じた独特の時間感覚が、この番組に多くのマジックをもたらしていました。

 

超・長時間放送が生んだマジックタイム

かくいう私も連続的に72時間見続けたわけではなく(当たり前です。死ぬ)、述べ4日の間にスマホを片手に出たり入ったりを繰り返していたのですが、番組では、例えば話題になった「森くんとの再会」という1コーナー、これだけになんと6時間を割いていました。さすがにそれだけ長いと、一度アプリを閉じた後に別の用事を片付けて戻ってきても、まだ放送ではメンバーが森くんと語り合っている…という状況が生まれる。これはコンテンツの密度が過密になる傾向がある地上波の番組では絶対にあり得ない時間感覚でした。

 

「久しぶりの友達に会って長話をしている感じ」。これを自分のこととして振り返れば、5〜6時間など普通に経過してしまうものだと思います。そこにはダラついて間延びする時間もあれば、言葉少なにそれぞれが思い出に耽けるような瞬間も当然あります。『72時間ホンネテレビ』では、その超・長時間設定から副産物的に「友人と過ごす時間」の実感覚が放送上に再現されているかのようでした。そしてその時間は実際に、ファンにとっての「元SMAPとの再会の時間」でもあったのです。

 

このように、同じ放送を通して二つの「再会の時間」が重ねられ、そしてさらに、日々の雑事をこなす「我々の時間」と、スマホの向こうの「彼らの時間」が同じリズムで進んでいく。それらの要素から生まれたのは、少なくとも従来のテレビ番組からは感じられなかった不思議な共有感覚でした。だから、数分程度しかこの番組を見なかった人たちがそのことに気づかなかったとしても無理はない。無理はないんだけど、、残念でしたね!

 

そこには「人間」の「物語」があった

 

長く連れ添った「仲間」との後味の悪い別離。生きる場を奪われた人間が違う場所でやり直すこと。思い出の中に消えかけていた旧友との再会。40代を越えた大人たちが新しい道を歩いていくこと。

 

この番組の背骨になっていたのは、元SMAPたちのそうした断片的な物語の感触だったと思います。こうして主語を外して書き連ねてみればわかる通り、それらのひとつひとつは私たち一般人でも多かれ少なかれ確実に経験するような、「よくある人生の1ページ」でしかありません。当時、「SMAP解散」が国民的悲劇として連日ワイドショーなどで報じられていた時には、それらは多くの人にとって「どこか手の届かない雲の上で起きているお家騒動」でしかなかったはず。しかしこうした出来事の「その先の物語」が、前述の「独特の時間共有感覚」や、新興webメディアによる番組進行のいい意味での「粗さ」にリアリティを強化されて、いつもまにかそうした文脈が「自分たちのすぐそばにある物語」に変換され、共有されていく感覚がありました。

 

同じような「物語の共有」は、例えば「金スマ」のような完全フルパッケージスタイルで伝えることだってあるいはできたでしょう。しかし、その方法では報道と同じく、「どこか遠くの物語」として消化されてしまったのではないでしょうか。むしろこの番組では、パッケージ化しきれずに漏れ出した細部にこそ、この物語の手触りを多く感じることができました。

 

例えばそれは、いきなりSNS拡散しまくることを命じられて、おじいちゃん並みにネットに疎い3人が不慣れなスマホを握りしめて悪戦苦闘している姿に。

これまでではあり得ないような新宿や原宿の人混みに放り出されて「新宿なんて歩いたことない」と怯える香取慎吾の表情に。

移動のバスの中もずっとカメラに追われるような異常に長い放送時間の中ずっと衆目に晒され続けた結果、不安や油断がつい表情と言動に出てしまった瞬間に。

「森くんとの思い出は別にない」と対談ではクールに語りながら、最後に流れた森からのメッセージに溢れるように落涙してしまう稲垣吾郎の感情に。

 

テレビは嘘がつけない。だから怖い。そう喝破したのは確か"欽ちゃん"こと萩本欽一で、それを極めて自覚的に自らの芸風に直結させ、テレビの寵児となって行ったのがタモリだったことは、(私のような一部のスキモノの間では)よく知られる事実です。

 

上記のような「漏れ出してしまう本当の瞬間」を、メディア特性として武器にしてきたのが黄金期までの地上波テレビ番組でした。しかしいつのまにか、様々な規制や制約によってそれができなくなってしまっている。その意味で、『72時間ホンネテレビ』は「テレビにはできないことをやった」のではなく、「テレビがかつてできていたこと」をネットでもう一度取り戻しただけ、とも言えるでしょう。しかし、その「だけ」が本当に遠かった。地上波のテレビは未だにその頃の幻影を追い求めては、失敗を繰り返しています。

 

巨大化し既得権益化したテレビ業界は、肥大した組織がすべてそうであるように、「人間の本当の姿」という厄介なものを、あらゆる技術を駆使して抑え込む方向に進もうとしています(もちろんそれに抵抗している優れた番組も多くあり、全てが形骸化しているとは全く思いませんが)。フジの「まあまあ成功」とされた今年の27時間テレビが、非常にパッケージ色が強くなったこともその好例。それも進化のひとつだとは思いますが、それは「テレビの強み」とは別の話であると言わざるを得ません。

 

そこにいた人たちには理由があった

超・長時間放送枠による独特の共有感覚。

そこにいるスターたちが垣間見せる人間の物語。

 

この二つに加え、この番組の「風合い」を形作ったもうひとつのファクターがありました。メインの3人以外の登場人物たちの顔ぶれです。

 

まず、もっとも大きな違いとして、この番組には吉本興業の芸人が一切出演していませんでした。テレビに詳しくない人にとってはなんのこっちゃいな話かもしれませんが、これはかなり画期的なことです。企画的には地上波バラエティ番組とほぼ変わらない内容であったにも関わらず、オープニングの藤田社長の大豪邸でのパーティーシーンで中核をになったのは爆笑問題(タイタン所属)、脇を固めたのはメイプル超合金サンミュージック所属)。ビデオで応援メッセージを寄せた笑福亭鶴瓶松竹芸能所属)、中盤の山場だった「大御所対談」に登場した堺正章田辺エージェンシー傘下の個人事務所・エスダッシュ所属)。そして二日目の朝の「大運動会」を取り仕切ったのは、司会を勤めた飯尾和樹を筆頭に、ほぼ全て浅井企画所属のメンバーでした(活躍していた永野は浅井企画ではなくグレープカンパニー所属)。その後の時間帯でも、キャイ〜ン関根勤など、浅井企画のベテラン・中堅による進行のサポートが続きました。

 

「テレビの今」に極めて意識的であったとも言えるこの放送の屋台骨を支えたのが浅井企画という事務所で、その浅井企画が"もっともテレビを知る男"萩本欽一を擁する芸能プロダクションだったことは、ただの奇妙な偶然でしょうか。私にはそうは思えません。

 

決して「吉本芸人が出ていなかったからよかった」と言いたいわけではありません。吉本興業がお笑いというカテゴリーにあって最大最強の事務所であるとの評価には異存の余地はありません。しかし、この『72時間ホンネテレビ』で吉本勢抜きの「よくある運動会企画」を見たことで、いかに普段のテレビ番組が「吉本的リズム感」一色に塗りつぶされているかについて、逆説的に気付かされる形になりました。

 

「吉本的リズム」は、その卓越したスキルで隙間という隙間を埋めて笑いに変えていきます。これは完全に昨今のテレビ番組制作事情に照準を合わせた特殊スキルです。彼らは現在のテレビ番組の「事情」を「ゲームのルール」として、その中で最大限の笑いを生んでいく。しかし逆に言えば、彼らのそうした異能はときに現状追認意識を強化してしまう。それは「テレビが不自由になっている」という現状に対しての過剰適応であり、ある困難に対しての適応能力が高すぎることは、ときに抜本的な進化を阻害する要因にもなりえます。異常発達してしまった彼らの能力は、常にそうした危うさと隣り合わせなのです。

 

一方、この番組で浅井企画の芸人を中心として進行した「大運動会」が、吉本勢が参加した場合のクオリティを越えていたかと言えば別にそんなことはありません。しかし、そこには歪さや不揃いさとともに、カンコンキンシアター仕込みの「別の流派」の味わいがあり、そのこと自体に新鮮さが感じられました。吉本という「洗練されきったファミレス」での食事「だけ」になっていた中で、いきなり握りたてのおにぎりを食べさせられたようなものです。大手事務所によるコンテンツの寡占によって、私たちはいつのまにか「お笑い」という名の日々の食事の選択肢すら奪われていたのかもしれません。

 

「出る側」を選んだ人々がいた

お笑い勢だけではありません。その他の主要ゲストたちも、調べれば事実上の個人事務所か、縛りが大手ほどキツくない中規模以下の事務所、あるいは大手の中にいても「こいつは別枠」とされているような独立独歩の芸能人(笑福亭鶴瓶山田孝之がこれに当たるかも)たちでした。つまり彼らは、この番組に「出たくて出た」人びとだったわけです。

 

バラエティ番組としての側面を語る都合上、先に「吉本閥」を引き合いに出しましたが、そもそもこの番組自体が「ジャニーズ」という超巨大アイドルプロダクションに反旗を翻した3人(とマネージャーの飯島氏)を中心にすえた、現在の芸能界にあっては例外的にチャレンジングな背景を持つものであったことは周知の通り。そのため、この番組に「出るか / 出ないか」の選択は、個々のタレントとしての今後の立ち位置を制限するとは言えないまでも、「私はこちら側に立っています」という意思表明になってしまうことは否めません。

 

「出る側である」という旗を立てた人間と、立てなかった人間。彼らの所属するそれぞれの事務所の勢力の大小・その陣地。期せずして(いやむしろとても意図的に)、この番組自体が芸能界の「新しい地図」になっているという構造。

 

日本の芸能界は、タレントたちが個人として意思表明することを極端に嫌うことで知られます。タレントはただの「容れ物」であればよく、その時代ごとに都合のいいアイデンディティを入れ替えられた方が商売として都合がいいと考えられているからでしょう。しかし、その中にあって、彼らはこの番組に「出た」。それはそのゲストたちとメイン3名のこれまでの人間関係からだったかもしれないし(大河ドラマ新撰組!」の出演者が多かったことは印象的でした)、それぞれのタレント本人の個人としてのポリシーによるものかもしれません。彼らの本意がどちらであれ、またその他の意図であったのであれ、彼らは「出た側の人間」になることを厭わなかったわけです。

 

大手事務所やスポンサーの好む「アイデンティティが空っぽの人間」は、空っぽであるが故に「物語を持たない」。あらゆる事情に雁字搦めになっている今のテレビ業界・芸能界から生まれるものがどこか無味乾燥だとしたら、それは彼ら個人の「物語のなさ」に原因の一端があるのではないでしょうか。

 

新しい窓の向こうに物語があったから

私はテレビっ子です。ウンナンダウンタウン時代に幼少期を過ごしたものの多くがそうであったように、テレビにかじりついて青春期を過ごしてきました。「テレビっ子」という呼称にすら、どこか誇らしさを感じるほどです。どうかと思いますけど。

 

しかしそんなテレビっ子である自分が、今テレビにかじりついているかと言われれば全くそんなことはなくなりました。ご多聞にもれず、スマホという別のものをかじる時間が増えています。かといってテレビに未練がないわけではなく、相変わらず面白いテレビやラジオの書き起こしサイトをネットで巡回しては、その情報の代用としている始末(それもほんとにどうかと思いますが)。

 

そのことをもって、一時期は自分自身、大人になっていつのまにか「面白いテレビ番組」への興味が薄れたのだろうと思っていました。なんだかそのほうが人間的な成長を果たしたようでもあるし、と。しかしそうではなかったのです。私はどうやら、「テレビというコンテンツ」を見限ったのではなく、「テレビというデバイス」を見限っていたのです。

 

今の子供たちの多くが、テレビタレントよりもYoutuberに親近感を感じているように、ここまで語ってきたような「人間を映す機能」とか「時間共有装置」の中心地はもうとっくにネットに移ってのかもしれないし、ただそちらに新しい魅力を見つければよかったのかもしれません。しかし私自身がYoutuberのコンテンツに興味を移すことは今のところなく、多分これからもなさそうです。しかし、スマホでそうした「テレビの機能」が見れるならいくらでも見てしまいそうです。もし、スマホという新しい別の窓に、私たちがかつてテレビという窓から見ていた「人間の本当の姿」が見られるなら。

 

「テレビではない何か」ではなく、「もっとテレビらしい何か」へ

この番組の「一見地味な新しさ」はそれ以外にも多々ありました。例えば、「スマホで見るテレビであったこと」と同時に、「番組の内容がtwitter/instagram/youtube拡散される」というシームレスさ。全てがスマホで見れてしまうが故に、放送から離れてよそ見する全てにこの番組の痕跡があって、結局その近辺を巡回してしまうという蟻地獄。そして、最終日のエンディング直前に「裏かぶり」していた草彅剛と香取慎吾のラジオ番組での、AbemaとBay-FMの垣根を超えた同時中継など(ラジオ側のMCは有村昆が担当)。それぞれが超画期的!というほどのことではないものの、それらがさらりと、かつ大規模に実行されていくことのワクワク感が終盤のヘブンリーな多幸感に繋がっていたことは間違いないと思います。

 

そして何よりそれを中心でこなしていく3人から「自由を楽しむ空気」が漏れてしまっていること。それが最大限、画面に映ってしまっていた。なぜなら、それを映してしまうのが「テレビ」だから。

 

この番組の一応の成功をうけて、やれ「テレビは終わった」とか「新しいメディアだ」とか、そうした話題が各所で盛り上がっているようです。でも、はっきりいってそんなことはどうでもいい。私はどんなメディアを通してだって結局、「人間」の、「物語」が見たい。今回の『72時間ホンネテレビ』にはそれがあったから見てしまった、ただそれだけ。webテレビがこれからもそれを映す窓になるならそれを見るだろうし、そうでないならまた別のメディアの向こうに「人間」と「物語」の姿を探していくことになるでしょう。

 

テレビというデバイスが死んだとしても「テレビという恐ろしい機能」は死なない。「テレビという恐ろしい機能」はそんなに生易しいものではありません。それは放送というテクノロジーによって生まれた、人類にとっての逃れられない呪いのようなものなんじゃないかと。

 

今回その呪いに身を晒したのは、香取慎吾、草彅剛、稲垣吾郎という人々でした。世界中の古い寓話にあるように、呪いに一度身を晒した人間は別の何かに生まれ変わります。時代が、デバイスが、人が変わり、「新しい地図」を描いていく。しかしそれでも、テレビの呪いは形を変えて、これからも彼らと私たちを惑わせ、魅了していくでしょう。

 

テレビは恐ろしい。

本当にそう思います。

72時間私が手放せなかったそれは、間違いなく「テレビ」だったのです。

 

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以上、書いてみたらメディア論っぽい感じでなんとなくまとまったのでここで筆を置きます。その他、ドナルド・トランプ本人の来日にタイミングを合わせての香取慎吾のパロディとその街頭での反応についてや、最後のライブ後に行われたという握手会でもファンやメンバーたちのやりとりについてなども書きたいところだけど、もう7000字を超えたのでやめておきます。これで2割ってマジか。いや嘘です。だいぶ書きました。勘弁してください。

 

 

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選挙結果の読み解き方 - あるいは「数の政治」からの脱却について

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衆議院選2017、おつかれさまでした。

議員はもちろん、有権者の我々も。

まったく何のための選挙だったのかも最後までわからないナメ腐った選挙で、小池新党のクーデターによる民進党の大崩壊など、有権者の心をかき乱す要素てんこ盛りの1ヶ月でした。本当におつかれさまです(国民全員)。

 

さて、そんなこんなで選挙は無事(無事?)終わったわけですが。

ここ数回の選挙では、「こんな大問題があったのになぜ自公は圧勝するのか!信じられない!」という、主に野党支持者の嘆き芸で締めくくるというのがお決まりのコースで、その「信じられなさ」の隙間を埋めるためか、毎度妙な陰謀論まで飛び出す始末でした。今回も似たような声は方々で見かけます。ただ、今回の選挙を「いつもと同じ」とまとめてしまうのはあまりにも勿体無い。勿体無いし、事実と異なります。

選挙は「結果をどう読み解くか」までで完結する遠足です。バナナもおやつも食べてOKなので、衆院選のクロージングを丁寧に締めくくりましょう。

それでは、遠足ならぬ選挙のしおりの最後のページをはじめます。お付き合いください。

 

 「自公圧勝!」うん、そうなんだけどさ?

さて、本日未明に全議席の当落が決定し、各メディアではそれぞれに「選挙結果の総括」というものが行われています。大勢としては、

自公圧勝、2/3議席確保で改憲へ加速

 みたいな見出しになっているかと思います。先日の拙ブログ(※言い方)での投稿でもご説明した通り、それ自体は事前の票読みから予測される範囲の結果であり、それほど意外性のない所に着地したと言えます。

ただ、この結果を単に「自公圧勝」という側面のみで評価することは総括として十分なのでしょうか?その点は大いに疑問です。

見た所、「有識者」の総括であっても、「間違ってはいないのだけど物事の片面だけを見ているなー」と言わざるを得ないものが多く見受けられます。

それぞれの有識者の方々はもちろん政治・社会・評論畑の専門家であり、その含蓄には一定の敬意を表した上での話なのですが、今僕が把握している状況から眺めてみると、なぜそれらの人々がこの結果を「一面からのみ捉えてしまうのか」、その理由が何となく見えて来ました。

一言で言えば、今回の選挙を挟んだ諸々の政治と社会の動きは、これまでの政治の常識的なルールとは違う「新しいルール」の萌芽があったのです。

 

政治の「新しいルール」を見ている人 / 見えていない人

そして、気付いてはいるけどそのルールの詳細を体感としては理解できていない人。そのような理解のグラデーションごとに、今回の選挙結果をどう総括するか?の指針が異なっているように見受けられます。そして、その違いは「その人がいま / これまでどこに立っているか / いたか」で違ってくるようです。

では、その「新しいルール」とは何か?

それを語るに、まず今回の選挙結果を色々な見地から見て行きましょう。

 

「自公圧勝」、その二つの側面

衆院選の結果は、議席数の結果だけで見れば完全な自公の圧勝に終わりました。

当初反与党勢力として最右翼(※意味深)と目されていた希望の党は、小池氏の失言などにより事実上の空中瓦解。その混乱から生まれた立憲民主党は急ごしらえの政党としては健闘しましたが、それでも50議席程度の結果に止まっています。

従来通りの「政治とは数合わせのゲームである」という視点から見れば、「自公は国民に信任され、今後もそのオーバードライヴ状態が続く」と結論づけるのが妥当でしょう。そしてもちろん、その認識自体は決して間違ってはいません。

しかし一方で、総得票数でみるならば、毎度のことながら野党の総得票数は与党の総得票数を上回っています。また、議席数も前回比でみるならば自公が「5議席減」、その他野党は「21議席増」ということになります(もちろんここには衛星与党である希望や維新も含まれているものの)。

この「大局の結果」と「ディテールの結果」の小さなねじれ。

私たちはこれをどのように理解すればいいのでしょう。

 

そもそも「小選挙区制」とは

前述の「小さなねじれ」を理解するためには、まず小選挙区制について理解しなくてはなりません。

現在の衆議院選で採用されている小選挙区制と呼ばれる選挙制度では、各選挙区で選ばれる候補者は必ず「1名」のみになるため、2位の候補が僅差で大量得票していても、その票は丸ごと「死に票」になります。その是正のために比例区投票という措置もあるわけですが、あくまで比例区の是正効果は限定的です。

※あまり詳しくない人のために補足すると、小選挙区よりも少し広い選挙区の中から複数名の候補が当選する中選挙区制の場合は、選挙区ごとの定数により2位以下の候補にも当選可能性があるので、必然的に死に票が生まれづらくなります。日本で94年に廃止されるまで中選挙区制での選挙が行われていました。

そうした「死に票大量生産」が運命付けられた制度の中で選挙を行う限り、そもそも「与野党議席が僅差になる」ということが起こりづらく、今回も「与党圧勝」と言っても、「いやそりゃ小選挙区だから勝つなら圧勝になるでしょ」というようなもので、その「圧勝であること」がすなわち「与党はめちゃくちゃ支持されている!」という意味の補強となることはありません。小選挙区制とは、単に「勝つと自然と点差が開くゲーム」というだけの話なのです。その自然と生まれる点差の開きの中に、前述の「小さなねじれ」も生まれてしまうというわけです。

小選挙区制はそうしたルールであるがゆえに、「2大政党制を見越して大逆転を誘発しやすい」とも言えるのですが、逆に言えば、与野党どちらかの『圧勝』以外の得票のニュアンス」を表現できないシステムである、とも言えます。

さて、では今回の選挙結果の中で「小選挙区制」の中に埋もれてしまった「得票のニュアンス」とはなんだったのでしょうか。

 

試合結果のスコアだけを聞く人 / 球場の中にいた人々

今回の選挙結果を受けて、多くの有識者

「やはり自公は国民に信任されている。アベノミクス憲法改正を進めるべき」

「左翼も健闘はしたが負けは負け。リベラルは敗北に向き合うべき」

などの論調でコメントを残しています。

うん、それも事実なんです。事実なんですが。

その「見方」は言うなれば、

「野球の試合の内容を見ずに、スコアだけを見て話をしている」

という状況に近いと言わざるを得ません。

 

確かに、ペナントレースの結果だけを語るならそれでも十分。ただ、「球場の中で何が起こったか」は、その球団の人気や、そこから広がる「最終的な球団の収支」に大きく影響を及ぼしますよね。「スコアだけを見ている人々」は、その情報だけで全てを語れると思い込み、「その中で起こった物語の意味」について見失いがちであるようです。

優れた球団マネージャーなら、試合結果の数字も重視しつつ、「その球場の中で起こった物語の意味」も十分に計算に入れて球団経営のアウトラインを設定していくでしょう。往々にして、その観点は「野球というジャンルそのもの」への貢献も意味しているかもしれない。実際いま、スポーツの世界でもそうした「文化としてスポーツを捉え直し、ファンの拡大を図る」というような改革を行おうとしている若手関係者が登場し始めていると聞きます。

今回の選挙の「ゲームの中」で起こったことは、そうした改革の可能性の萌芽を感じさせる変化でした。

「改革の可能性の萌芽」。そう、それは「新しいルール」の萌芽でもあります。

 

選挙結果、「数あわせ」から見るか?「熱量」から見るか?

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立憲民主党の枝野代表は、開票後の会見で以下のように語りました。

「『理念や政策よりも永田町の数あわせを優先している』と多くの国民が受け止めていたところに、違う次元で旗を立てたことに期待を頂いたと思う。国民の声をしっかりと受け止める仕組み作りを勝ち上がった仲間と一緒に早急に進めていきたい」

このコメントの中に、当記事で語りたいことのほとんどが含まれていると言っても過言ではありません。

今回の選挙に絡んだ「希望の党の発足」→「希望の党民進党の吸収合併」→「その後の崩壊」の流れは、 まさに「数あわせ」を最優先とする、旧来の政治ルールの中にいる政治家らしい判断でした。その意味で、この「混迷の政局ドラマ」に関わった登場人物たちは、非常に優秀な「旧ルールの政治ゲームプレイヤー」だったと言えます。

この方法は、例えば10年、いや20年前ほど前なら「いつものこと」として特に批判もなく受け止められ、一定の効果を残していたかもしれません(実際、現自由党の小沢さんが仕掛けた新党ブームとはそのようなものでした)。しかし今回、そうした「旧ルール」に一部の国民がはっきりと「もういい加減ふざけんな!」というメッセージを叩きつけ、かつ、それとは異なる意思を持って現れた政党に多くの票を投じたわけです。

これは、日本の政治史上の中にあってはけっこう画期的な出来事でした。

 

旧ルールでゲームを仕切るマスターたち

たしかに、これまでの政治の大部分は「数あわせ」で出来ていました。今もそうです。

何より「自民と公明の連立」という状態がその最たる例。与党は野党の連携を「野合である」と繰り返し批判しますが、えっと、どの口が言ってますか?という状態です。現状の自民と公明は水と油ぐらいに政策に隔たりのある政党であることは周知の事実です。

しかし、現実的に多数を取っているのはその自公連立政権であり、様々な議事運営を暴走と言えるほどにブン回してリードしています。彼らの「旧ルール」がそうであったからこそ、小池さんによる希望の党とそれに便乗した民進党の前原代表は「野合」を厭わず、多数を狙ったのです。

しかし、そうして続いた「野合」の政治が何を生んだか。

それは、多くの国民の中に膨らんだ、圧倒的に大きな「政治不信」の空気です。

「旧ルール」のマスターたちは、その巨大な「政治不信」の空気とその破裂を読みきれていなかった。更にいえば、選挙後の今この瞬間でさえ、その「政治不信の空気の膨張と破裂」を理解している議員とそうでない議員に二分されているとさえ言えるでしょう。そのぐらい、彼らはズブズブに「旧ルール」の中で生きてきたのです。

 

ペナントレースでの勝利」だけを唯一最大の目的としたその球団は、試合が荒れていることも厭わず、結果だけを求めて反則スレスレの遺恨を残すゲームばかり繰り返していました。その結果、気づけば球場に観客がいなくなってしまった。観客だけでなく、何名かのそれをよしとしない選手たちすらスタジアムを離れ離散してしまう始末。

そんな中、荒んだ野球に嫌気がさしていた一部の野球ファンたちは、スタジアムの外でそれぞれに動きはじめます。自らの手でバットを削り、ボールを縫い、何もない野原でとりあえず「プレイボール!」と叫んだ。

スタジアムからあぶれていた選手たちはその声を聞き、自ずとその声の元に集まっていく。グラウンドもなくメンバーも足りないその集まりが、やがて草野球のチームになり…。

言うまでもなくその草野球チームとは立憲民主党であり、その結党と選挙戦の中で育まれた「市民と政治家の連帯のかたち」の中に、前述の「新しいルール」が生まれたのです。

 

がんばれ!ベアーズは頑張れるのか?

まあ、「がんばれ!ベアーズ」って見たことないので適当に書いただけです。気にしないでください。

そんなこんなで現在の野球ファンたちは「野球」という一言ではくくれない、二つの「異なる野球」を見ています。旧来のルールに乗っ取り、引き続き大スタジアムで行われる殺伐としたゲームの野球と、新しいルールにより生まれ、そこらへんの土手でやっている生き生きとした草野球チームの野球。この二つがどちらも「野球」という同じ言葉で語られ、一方は大スタジアムから草野球を「弱小だ」と評し、一方は草野球側から大スタジアムを「付き合ってらんねーよ、あんなもん」と語っている。どちらも事実で、間違っていません。ですが、この双方の状況が見えている野球ファンはまだそんなに多くないようです。

ただ、草野球チームたる立憲民主ベアーズは今いい感じで注目を集めているため、早々に百戦錬磨のスカウトの目に止まり、形はどうあれ、インディーズで自由に活動している現状から「旧ルール」と同じ土俵である大スタジアムの方に引き上げられていくでしょう。

別に野球そんなに好きでもないのに野球たとえばっかりで意味わかんなくなってきたので具体的いうと、立憲民主党はいわゆる「支持母体」となる組織との付き合い方を決めなければいけないフェーズが早々にやってきます。

果たしてその時、いま立憲民主に許されている「理念の自由」は守られるか?

躍進したからこそ、立憲民主党は早くもその瀬戸際にいます。

 

仕事も政治も「スポンサー次第」?

例えば現在の自民党で言えば「経団連」「日本会議」など。公明党は「創価学会」。「日本会議」は自民党だけでなく多くの右派議員に一定の影響力を持っているとされます(あくまで『一定の』にすぎないとの話ですが)。一方、立憲民主党の母体であった民進党は、これまで「連合」という大きな労働組合の支援を受けていました。支援というより、ほとんど「支配」であったと言っていいかもしれません。

これまで民進党は与党と違う旗色を出そうとするたびに、連合の示す「原発容認」「緊縮財政支持」という方針に絡め取られ、「連合の言うこと聞かないとお金がもらえなくなっちゃうよーーウエーーーン!」と泣く前原さんや細野さんが巨大な壁となって立ちふさがり、「てかお前ら結局何がしたいのよ?」と言われてしまうようなフラフラ野党状態が続いていました。

「クライアントの手前、言いたいことが言えない」

この状況。

まるで普段の私たちみたいですよね。民進党は本当にサラリーマンの縮図みたいな政党だったわけです(いや、自公も同じか)。

しかし、そんなサラリーマン的苦悩が蔓延るオフィス街の横で、バットとボールだけで独自のゲームを始めたのが立憲民主ベアーズでした(また野球だ)。政局の混乱という焼け野原の中で偶発的に「誰の支援も受けていないチーム」として旗揚げすることができた立憲ベアーズ。これは、従来の大スタジアム型政局の中ではありえない結党スタイルでした。

しかし後ろ盾が「本当にゼロ」では何もできないのが政党というチームです。立憲民主党においては、その後ろ盾の役割を担ったのが「旧ルールの野球に嫌気がさした人々」=市民である、と表現しました。

では、その市民たちは本当にただそこらの野原をフラフラ歩いているド素人の市民たちだったのでしょうか。

 

「こんな人たち」には6年間の物語がある

2015年の安保法制強行採決から数えれば2年。

東日本大震災が起きた2011年から数えれば6年。

この間、日本の市民運動はそれまでと違うフェーズに入っていきました。とにかく大きな「政府への不信感」を火種に、それまで「無関心層」とされていた市民たちが見よう見まねで「市民運動」を展開。その中であるものは既存左翼団体のあとを継いで運営の形を刷新し、あるものは全く別のインディペンデントな運動の形を模索し…というように、「新しい市民運動の潮流」がそこかしこで生まれました。まるで、一つの音楽ジャンルが偶発的に生まれ、そのプレイヤーたちがあちこちで合流と離散を繰り返しながらシーン自体を育てていくような形で。

彼らがそれまでの「政治関心層」と大きく違ったのは、「既存の大きな政治運動に後乗りする方法での政治参加」ではなく、「まったく右も左もわからない中から手探りで政治参加の方法を打ち立てる」という「新しい物語」を経てきた人々だ、という点です。

そこに出来上がったのは、

「政治とはこういうものだ」ではなく、

「政治にはこうであってほしい」という理想を起点にした運動。

彼らがスタジアムの外でバットを削り、ボールを縫うことができたのは、この6年間の経験があればこそ。この「6年間の物語」の中でそれぞれの「力」と「手法」を得た人々が、支持母体のない立憲民主党を支えているのです。

 

右傾化する世界と、その中で光る左派政党の躍進という流れの中で

アメリカのトランプ政権を引き合いに出すまでもなく、現在、あらゆる社会で右傾化の波が問題となっています。これはグローバル経済の行き詰まりが引き起こす当然の帰結であり、国際社会の一部である限り逃れられない流れと言えるでしょう。

しかし一方で、イギリス労働党ジェレミー・コービンスペインの左派政党「ポデモス」を率いるパブロ・イグレシアスカナダのジャスティン・トルドーなど、「理想を語るだけでなく、やることをやる」型の中道左派/左派政党が、世界的な右傾化の揺り戻しとして台頭しはじめています。

そんな中、自国の中で正しく「市民による民主化」が行われた歴史のない日本でも果たして同じような左派政党の揺り戻しが起こるか。誰もが確信を持てていなかったわけですが、今回の立憲民主党の立ち上がりはその萌芽と言って過言ではない、「市民と政治家の連携」としての側面を"いまのところは"持っています。

果たして混乱の中から産み落とされたこの小さな政党は、その生まれた意味を失わずに成長を続けることができるでしょうか。それは、市民と政治家の作る「新しいルール」を知る人々 / これからそこに参加していく人々の力にかかっています。

 

これからの10年、あなたはをどちらの側に立って生きるか

先ほど、支持母体に首根っこを掴まれている既存の政党を「なんだか私たちみたいだよね」と表現しました。

そうです。私たちの社会にある「理不尽」や「仕方なさ」と同じ形の足枷が、政治の世界にも重々しく存在しています。これまでの政治のやるせなさとは、つまりは我々自身のやるせなさと同じものでした。政治だけでなく私たちも、あいもかわらず「古いルール」の中で生きている。

しかし、少しずつ社会は変わります。変えたくなくとも変わってしまうのが社会というもの。私たちの住む方の社会も、いま大きな変化の波に晒されています。

例えば、今まで私たちが「これは仕方ないことなんだ」とやり過ごしてきたことを一つ一つ吟味して取捨選択することを厭わない若い企業が、「新しいルール」を提げて、猛スピードで経済の世界で成長をしてきている。

同じ潮流が、政治の世界にも起きている。ただそれだけのことです。

 

「旧来の大スタジアムの外に自分たちの手でグラウンドを作ったチームが生まれた」

これが今回の選挙結果の、小選挙区制が作る「圧勝」の中に埋もれてしまった意味です。スタジアム側から見ればそれは取るに足らない変化でしかないかもしれない。しかし一度外に出てボールを握るなら、あなたはそこに「未来」を見るでしょう。

 

大きく古い大スタジアムの中で、スコアのみに一喜一憂する人生をまっとうするか。

何もない野原に出て、手作りのバットとボールを握り、裸足で駆ける人生を選ぶか。

 

どちらが「よきゲーム」を作り、「多くの観客」を集めることになるか?

それはまだ誰にもわかりません。

そのどちらも正解ではなく、また不正解でもないのです。

 

ただ、あなたはその選択のとば口に立たされている。

たとえ私たちそれぞれが別々の選択肢を選んだとしても、あなたも私も、選んだ場所で自分らしく生きられるように。切に願います。

 

これからの新しい10年が、あらためて楽しみです。 

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